Thomas Tallis : Lamentation 氈E

T. タリス : 『エレミアの哀歌氈E』

皆川達夫 : 皆川達夫とルネサンスをうたう仲間たち 1995.11.4 曲目解説より

⇒ 歌詞


 旧約聖書時代の紀元前7世紀から6世紀にかけてユダヤで活躍した予言者、それがエレミアです。前586年バビロニア地方のカルデア人軍隊がユダヤを襲ってエルサレムを占領し、ユダヤ人たちは塗炭の苦しみを受けました。この大災難を目のあたりにした彼エレミアは、筆舌につくしがたい惨事を書きつづり、結びにはこれぞ神の戒めであると警告しました。旧約聖書中の「エレミアの哀歌」です。最近の研究で哀歌のすべてがエレミアひとりの筆になるとは言えないことが明らかにされましたものの、人びとに神への信仰にたち返るように勧め、イエス・キリストによって成就される新しい契約の思想を予告している点で、とくに注目されます。

 キリスト教の教会では聖週間のおり、この「エレミアの哀歌」を朗唱してキリストの受難を追想する習慣があります。そのための多数の名曲が生みだされましたが、とくに今日演奏される宗教改革時代のイギリスの代表的な音楽家トマス・タリス (1505ごろ〜1585) の五声のための作品は、傑作として知られています。

 まず「予言者エレミアの哀歌がここに始まる」という導入の言葉で始まり、「この都はかつて人に満ちていたのに、今はなんと寂しい姿になったことか。夜もすがら泣きあかし、涙が面に流れる」と、荒廃と苦難の有様をラテン語で歌ってゆきます。その結びには「エルサレムよ、エルサレムよ、汝の神なる主にたち戻れ (イェルザレム・イェルザレム・コンヴェルテレ・アド・ドミヌム・トゥウム)」と感動的に歌われます。

 ここで第一部を終え、改めて第二部を「エレミアの哀歌から」と歌いだします。「ユダヤ人は苦役をうけて放浪者となり、異教徒のあいだに住んで安らぎを得ることがない。その門は荒れ、幼な子たちは捕われて引き立てられる」と切々と歌い、第二部の結びにも「エルサレムよ、エルサレムよ、汝の神なる主にたち戻れ」という言葉が、ふたたびふかい想いで繰りかえされます。

 流れるような旋律の魅力、複雑に模倣を交しあう冴えたポリフォニー書方、この時代のイギリス音楽独特の3度6度の温和なハーモニーの響きなどが、この作品の大きな特徴です。時おり「アーレフ」「ギメル」「ダーレ」などというヘブライ語のアルファベットが挿入されますが、それは聖書の「エレミアの哀歌」の各節の区分の言葉までが作曲されているためです。